「富について考える」

<富とは何か>

今月は「富」について考えてみたいと思います。

「富とは何か」について正面から聞かれると、漠然として良くわからないという方も多いのではないでしょうか。

その理由のひとつとして、富について、なかなかその本質を端的でわかりやすく「スバリ」説明している書籍がないことがあげられます。
その意味で実際に富を築いた先人が遺された書籍は大変貴重ですが、それらを読んでその考え方、その方法論を実践したら、果たして本当に効果があるのかどうか? 
結局は自分には関係のない別の世界の話なのではないか?などと考えたことがある方もいるのではないでしょうか。

富は、人生を豊かにするうえで大変重用な要素です。
企業は有益なサービスを社会に提供することで富を創造しており、その富でさらなる社会貢献をめざします。
社会をよりよくするためには、発展の原資(コスト)としての富は必要不可欠なものです。

「富の源泉」として「知識」があげられることがあります。

知識は「結晶化」「体系化」し、さらに「財産価値化」してはじめて富に変換されると言われます。
これは「知っているだけでは知識は富を生まない」ということを鋭く指摘されている智慧の言葉です。
確かに「博学ではあるがお金持ちになれない方」というのを筆者も知っています。

<富の本質>

前置きはさておき、富の本質とはいったい何なのでしょうか。

わかりやすく定義するとするならば

「多くの人々の役に立っている」
「多くの人々から感謝されているか」

すなわち「有益性」ということが富の本質です。
社会のニーズを満たす仕事をしていくと、富はそこを目がけて集まってきます。
「富は社会のために有益な仕事をする人や企業に好んで集まる」という本質を持っているのです。

要するに「あなたの会社のおかげで本当に便利になりました」と感謝されれば、その会社には富が集まってきて発展するということです。

そして集まってくる富には3種類あります。
「お金、智慧、人材」です。

お金だけを富だと思うのは誤りです。
この3つは相互に他の富を呼び込みますが、すべて「社会に必要とされる有益な仕事」に集まってくる性質は同じです。

さらに富は苦難困難の姿で現われることもあります。
苦難という悪魔の顔を一皮むけば、実は天使の微笑みであったということはよくあることなのです。

人は単に自分に都合の良いことだけを求めがちですが、艱難辛苦は「富を得て維持できる器づくり」のために必ず必要です。
富を得るために必要な「器」が自分自身に備わっていなければ、富はそこに住まうことができないのです。

<富を否定する考え方>

次は視点を変えて、富を否定する考え方の点検をしてみたいと思います。

「貧乏神」と言っては怒られるかもしれませんが、実は無意識に富(会社で言えば収益)を否定してしまっている方が多いのです。
「まさか自分は違うだろう」という方も、一度は自分を疑ってみていただきたいと思います。
本当に気をつけていないと「発想において富を増やすことに賛成しないどころか、拒否する考え方」が入っていることが結構あるのです。 

以下はその「富を否定する考え方」一例です。

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契約についてのキーパーソンに会えているにもかかわらず、わざわざ成否の鍵を握っていない人に一生懸命交渉している
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せっかく契約の話がきているのに「忙しくて受けられないから」という理由でわざわざ断っている
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売上や利益の大小、重要度などの優先順位にかかわらず「同じスピードや行動、品質、サービス」を提供していないか(考えること(智慧)の放棄)
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直接売上に関係しない仕事やミーティング、社内活動を一生懸命増やしていないか(社内には売上も利益もない)
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お客様の要望を後回しにして、社内ルールを優先している(顧客不在)
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利益にならない管理を増やし、ビジネスのスピードを遅らせていないか
(最小限管理が正しい)
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自分の会社が儲からなくてもお客様に還元すべきだと思っていないか(永続性についての考えの欠如)
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コスト割れの見積もりを独断で出していないか(会社の利益構造の潜在的問題があるかもしれないのに上申していない)

いかがでしょうか?
思い当たることはありませんか?

これ以外にも事例はたくさんあると思いますが、私たちは「自分の仕事は富(利益・収益)にどう貢献しているのか」を考えないで仕事をしていることが多々あります。
自分の仕事と収益との因果関係が直接的に見えないので、誰からも指摘されないでいる場合が多いのですが、これを客観化する方法はあります。

それは「自分の仕事をアウトソーシングしたらどうなるか」を考えるとわかるのです。

「アウトソーシング不可能な、自社固有の付加価値の高い仕事、知識、能力、判断」を発揮することで、会社への貢献度が高まります。
上司や同僚から「感謝される仕事」をすることで、自分自身が富が集まりやすい存在となることができます。
そのような人たちの仕事の総和として、その会社の社会的貢献度もあがり、富があつまりやすい収益体質へと変わってゆくのです。

かつて財務省の前身である大蔵省時代は、銀行が行うサービスを大蔵省が手取り足取り決めていたそうです。

「お客様にサービス品として渡すマッチの大きさはこのサイズ」「お客様にお茶は出しても良いがコーヒーは出してはいけない」とか「テッシュをつけるか、つけないか」など、およそ役人が決めることではない箸の上げ下ろしにまで口を差し挟んでいたとのこと。これらは単に経済の発展を遅らせてしまうだけで、およそ富を生みだす仕事ではありません。
「発想において富を増やすことに賛成しない。拒否する考え方」を潜在的に持っている方の行動であることも知っておくべきでしょう。

筆者も「富の創造」を肯定し、勤勉に努力して社会に貢献してまいります。

(本文は、違法行為や社会的に尊敬されない方法で得られる富については除外します)

(紺)