「経営の王道について考える」

今日は「経営の王道」について考えてゆきたいと思います。

「経営の王道」などとタイトルしますと、ずいぶんと大上段に聞こえますが、
なぜ私がこのようなタイトルにしたのかということを書いてゆきたいと思います。

その理由は「同じ人生の時間を使い、ある事業は世界規模となり、
ある事業は1年と持たずに倒産してしまう。

この違いはいったい何なのだろうか?

経営にも王道・覇道があるのではないか」という疑問があり、
これを常々考えていたからに他なりません。

私の考えた「経営の王道」とは「基本」「原理原則」「法則」に忠実であることでした。
尊敬する松下幸之助氏がいうところの「天地自然の理」に従って
経営を進めることが、やはり王道ではないかと思うようになりました。

そしてさらに、王道経営の基(もとい)は何であるかと考えてゆくと、
経営主体である「人」に辿りつきました。

これを言うと「古いし青くさいな。外資のやり方を知らないの?」
という方がいらっしゃいますが、私は決してそうは思いません。

考えれば当たり前のことですが、お客様も、取引先も、社員も、
自分も、どの時代、どの国に行っても、
商売・事業や経営に携わるのは、すべて「人」です。

その「人」が何を目的として、何を喜び、悲しみ、
人生の半分とも言える長い時間を仕事に費やしているのか。

この問いを離れて経営を考えることは、
かえって「合理性のない」ことであると私は思います。

「働かなければ生きてゆけないのだから、
そんなことは考えるだけ無駄だ」と言われるかもしれませんが、
「働く動機」とは果たして「ただ生きてゆくため」だけなのだろうかと自問自答してみると、
少なくとも私自身においては、それだけではありません。

ましてや「エコノミックアニマル」という言葉のように
「経済合理性だけを追求している人」というものに私はお会いしたことがありません。

人は誰しも、何らかの形で「より良く生きたい」という欲求を持っているものです。
一定の合理性を追求しつつも、合理性だけで割り切れない感情を含めた
「幸福」を求めて生きているのです。

ですから「あなたは不幸になることを目的として生きていますか」と問われて
「はい」という人には滅多にお目にかかれないでしょう。

このように経営主体であるすべての「人」が「幸福」を求めています。
「経営主体である「人」が求める幸福。これを念頭に経営を考えてゆくことは、
極めて合理的な「経営の王道」なのではないか」と、
いつしか考えるにいたったという次第です。

また、経営の王道について表現を変えて説明するとすれば「Win&Win」です。
古く仏教で言うところの「利自即利他」を基本とした経営とも言えます。
世に本当の「独り勝ち」はありません。

「Win&Win」を基本としつつ、経営に投下した価値以上の付加価値を生み、
事業を採算ベースに乗せ、発展のためのコストである利益を出し続け、
事業に携わるすべての人の幸福を可能な限り追求し続けることが、
私の経営の王道と言えそうです。

これらのことを念頭におきながら、
日々の実践の中で私の心の琴線に触れた経営に関する事柄について、
気取らず、飾らず、率直に書き綴ってゆきたいと思っています。

ともあれ、読んでいただいた皆さまの、何らかの「経営のヒント」になれれば、
これに勝る幸せはありません。

気楽におつきあいいただきたいと願う次第です。(紺)